とあるカップルと「なんでも写真病」の話

ある大学生男子と話していると「彼女が年がら年中スマホを手離さない」と悩みを漏らし始めました。

デートの終わりに彼女の家に行ってもご飯を食べながらスマホ。「なにをしているの?」と聞いてみると、今日撮った写真を振り返っているとのこと。彼は「せっかく一緒なのに一緒にいる気がしない」と悩んでいるのでした。「これじゃ2人でいる意味がわからない、別れることも考えている」と深刻な様子。

さてこの彼女のように、食べたもの、見たもの、聞いたものを、手当たりしだいに記録してしまうクセ、あなたも心当たりがないでしょうか?

このなんでも記録、なんでも写真という傾向は、経験したあらゆるものを記録することで「自分は他人には生きられないオリジナルな人生を送っている」と確認したい心理から来ているものと思われます。

他人が見ていないものを撮る。自分が体験したものを撮る。そうすることでようやく「ああ、他人とは違うんだ」と実感することができるのです。これは自意識過剰などではなく、多かれ少なかれ誰でも抱えている感覚でしょう。

ですが、あまりにも簡単に写真を撮れるスマホの便利さのせいで、いつしか写真におさめること自体が目的となってしまい、「感じること」がおろそかになってないでしょうか?

「撮らないのはもったいない」と、まるで義務のようにやみくもに写真を撮っていては、求めている「生きている実感」も湧いてこないでしょう。

もしもっと楽しく写真を撮りたいなら、

(1) 感情がゆさぶられたものだけをカメラにおさめること
(2) なぜ感情をゆさぶられたのかを言葉で説明できるようにしていること

の2つに気をつけるといいでしょう。

世の中には言葉にしづらい感動もあります。ですが、あえて説明しようとしてみることで、感性・感覚が鍛えられます。たとえば、かわいいケーキを前にしたら、いままでそれをパシャッと写真におさめただけで満足していたところを、一呼吸置いてどんなところがかわいいのかというのを考えてみてみましょう。

もしかしたら、一番素敵だったのはケーキではなくお皿なのかもしれません。そうした観察眼と言語力を使う機会が積み重なって、やがて自らの価値観が出来上がっていくのです。

ちなみに冒頭の男子学生には、「彼女と一緒に写真を見て、一緒にその日の出来事を話しながら振り返ったらどうか」とアドバイスしました。

今日どんな楽しいこと、幸せなことがあったのかを、2人で「言葉を交わしながら」振り返ることができたら、その日の出来事もそして振り返ったこと自体も、「つきあっている実感」になるはず。そういう時間を積み重ねるためにこそ、人は恋をするのです。
(五百田達成)

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