別れの数=経験?失敗? 「20代のうちに恋愛の数をこなす」ことのメリット・デメリット

30代のある女性から、こんな相談を受けた。
「私はこれまでずっと“今は勉強や仕事に励んで将来のキャリアを築くとき”と、ロクに真剣なお付き合いをしてきませんでした。近頃はようやく生活の基盤もでき、積極的に婚活に励んでいるのですが、経験が少ないためか“男性との付き合い方”よくわからないのです……。若い頃、もっと多くの恋愛をこなしておくべきだったのでしょうか?」

……恋愛より仕事をバリバリこなしている女性にはちょっと“耳が痛い”話ではないだろうか。今回は「若い頃は恋愛を数多くこなすべきか?」について調査してみた。賛成派・反対派の意見を聞きながら共に考えてみよう。

目次

若い頃に恋しないと、歳を取ってからがつらい


・「恋愛は“勉強”と同じ。若くて柔軟なうちにやり方を学んでおくべきだと思う。歳をとれば腰が重くなり、外見もフケて、恋愛なんてめんどくさいことに取り組む勇気などなくなってしまう。……臆病な自分は今でも独身。自戒の意味も込めて、怖がらずにたくさん恋をすべきだと思う」(50代・男性・団体職員)

・「10代と30代の恋とじゃ“トキメキ”が違う。大人になればなるほど『結婚相手としてどうか?』『年収は?』と、相手そのものを“純粋な目”では見られなくなる。忘れられない一生物の恋の記憶や、甘くて切ない思い出って、やっぱり若い頃のほうが持ちやすいんじゃないかな?」(30代・女性・パートタイム勤務)

・「若い頃と歳を食ってからの失恋では、回復力がぜんぜん違う。20代ならたとえフラれても一晩泣き明かしてカラオケで歌いまくればある程度の気力が戻る。でも35歳も過ぎると……その恋に賭けたモノが多すぎるから、半年経ってもひきずったまま……。ヘタすりゃその傷が一生残る。だから傷つきたくない人は、若い頃から場数を踏んで試行錯誤すべき」(40代・女性・アパレルメーカー)

――もし、あなたがたとえ「恋は数撃ちゃイイってモンじゃない」と思っていても、納得できる意見の数々ではないだろうか。人は肉体と同様、心も歳をとる。ツラの皮の厚さと引き換えにみずみずしい感性が失われ、心の柔軟性も失われる。また歳をとった分だけ失恋によるダメージは深く、傷の治りも若い頃よりずっと遅いから、若い時に“免疫力”をつけておかないと、あとでとんでもないことになる……というわけだ!
それでは反対派の意見もみてみよう。

多すぎる恋は、心身をすり減らすだけ!?


・「恋愛は量より質。若いころ遊び過ぎた私が言うのだから間違いない(笑)。恋愛経験を重ねると、目が肥えて『過去の相手よりもっとイイ男を!』ってどんどん貪欲になる。昔の彼と比較して、今の人はココがダメ、って手厳しくなるし……。私は結果的に3人目に付き合った人がいちばん良くて、その人を超える人には未だ出会えず独り身のまま。恋愛の達人になりたいならともかく、結婚したいなら適当なところで手を打たないと!」(40代・女性・通訳)

・「処女がいいとかじゃないんだけど、あんまり経験を積み過ぎた女性ってどうしても引いてしまう(笑)。数をこなす=別れの数も多いってことだから、『それだけ男とうまくいかなかったって何か問題があるのでは?』と考えてしまいます。運やタイミングもあるんだろうけどホントに賢い女性なら(笑)、2・3回の失敗でイイ男を捕まえられるでしょ?」(20代・男性・フリーライター)

・「恋を重ねても『また結局うまくいかなかった』っていう“失敗体験”を積み上げるだけだと思う。付き合えば付き合うほど、男ってわからない。恋を重ねるたび疑い深くなり、自分に自信がなくなるし、身も心もボロボロ。感受性の強い若い頃こそ傷つきやすい。加えて女性は妊娠とかのリスクもあるし、一度の恋でうまくゆくならそれが理想だと私は思います」(20代・女性・食品会社勤務)

――こちらの反対派の意見もまた頷きたくなる内容だろう。“失敗経験を積み重ねる”という言葉は字面以上に重い。「またダメかも」と思うような失恋の繰り返しはプラスどころかマイナスになりかねない、ということだろう。

“別れの数”を「経験」と取るか、「失敗」と取るか?


恋愛の経験は若いうちになるべく数をこなすべきなのか、それともそうでないのか?
それはあなたが「結ばれずに終わった恋の数々」を“良い経験”と捉えるか、それとも“受けた傷”と取るかによって決まるであろう。「あの時私は若かった」と笑い飛ばせるような体験ならばまだ良いが、「トラウマにもなりかねないほどのヒドイ色恋沙汰」など誰だってしたくない。つらくても何かの教訓を得られる恋なら歓迎できても、場合によってはその後の人生に負にしかならない恋だって世の中には存在するのだ。

けれどそんなふうに特殊な例を除けば、「若いうちのほうが失恋しても回復力が強い」という意見は本当ではないだろうか?
感性が鈍っていない若い頃は、大人からすると「そんなことで?」と思えるほど傷つきやすくはあるけれど、そのぶん“受ける喜び”も非常に強い。もちろん50代、60代で大恋愛をする人だっているけれど、心の痛みと引き換えにときめきやドキドキ感といった“恋の喜び”をも多く得られるのはやはり若かりし頃の“恋の特権”だろう。

恋というのは神様から人間に与えられた贅沢な逸品なのではないだろうか?
そんな恋愛から生み出されるさまざまな感情を味わわないのはとても勿体ないことだと私は思う。

たとえそれがハッピーエンドにならなくとも、その時のせつない思いや悲しみはその後の人生の“肥やし”になるのはずだ。
「恋は若いうちに経験すべき」「いろんな異性と交流をしておくべき」と人生経験を積んできた多くの先輩たちが口を揃えていうのは一理あるのだ。

けれど「自分は若い頃、恋愛なんてあんましてこなかった」という人もどうか嘆かないでいただきたい。確かにあなたが「今からする人より遅咲きの恋」は経験者たちより少しハードルが高いかもしれない。好きな人の誘い方もわからず、「いい大人なのにみっともない……」と身悶えしたくなることもあるだろう。けれど恋に振り回されるあなたは、「大人のくせに感情ひとつコントロールできない」という“自己憐憫の甘さ”を味わうことができるのだ。それは恋をするのが似つかわしい若い頃では決して味わえない。

「大人なのに」
「一人前の男なのに、もういい年した女なのに」
「はからずも恋に落ちてしまった」

恋愛の醍醐味はこの“はからずも”にある。できれば若かりし頃に恋愛沙汰をたくさん繰り広げて、痛みやつらさを制御する術や回避方法を覚えておいた方がイイに決まっている。
けれどいい大人が、たかが恋ごときで「こんなハズじゃなかった……」とオロオロしはじらっているさまはとても魅力的で、はたから見れば「恋に落ちている人間」を羨ましく思うのだ。

大人は我を忘れてコントロール不能な渦にのめり込むために、大金を投じさえする。
ゲーム、賭け、スポーツ、車、映画観賞、その他もろもろだ。“自分が自分であることすら忘れ熱中できる”ほどの快感を得たいからだ。
あなたもぜひ恋の快楽を味わって欲しい。その恋の快楽は、何度味わっても、いくらのめこんでもなんたってだってタダなのだし!(笑)
(神崎桃子)
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この記事を書いたライター

神崎桃子
体験型恋愛コラムニストとして活動し、ヒット記事の数々生み出す。大手ポータルサイトにてコラムを連載中。男女のズレや生態、恋愛市場の時事問題を得意とし、文章セミナー、婚活セミナー講師も手がける。

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