好意をもたれると“気持ち悪い”って思ってしまう原因って?

「好意を持たれるのって嬉しい?」という投稿が寄せられました。
トピ主さんは28歳の女性。好きでもない男性から好意を示されると、「気持ち悪い」「もう会いたくない」と感じてしまうそうです。ナンパなどに限らず、男友達から好意を持たれた場合でも、怒りを感じたり、不快になったり。「なぜ自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」という“被害者的な考え”まで浮かんでくることもあるといいます。「悪く思われるのでは?」と、周りにはこのような気持ちを言えないでいますが、「同じような方はいませんか?」と発言小町で問いかけました。

目次

見知らぬ男性に「警戒心」を抱くのは、普通かも?


好きでもない男性から”異性”として見られる――それに対して女性が警戒心を抱くのは、そう珍しいことではありません。むしろ普通の感情ではないでしょうか。ただ、ナンパなどよく知らない男性の好意を嫌うことと、友人関係を築いていた男友達からの好意を嫌うことは、少し違った話になると思います。

投稿には、「私は男性からの好意を『どうせ私の心なんかどうでもいいんだろ』という目でしか見れません」という一文があります。よく知らない男性の場合は、そう感じたとしても何ら不思議はありません。身の危険を感じるでしょうし、性的な目でしか見られていない感じが不快なのだと思います。

しかし、トピ主さんは男友達の場合でも、同じように感じてしまうようですね。男友達の好意は、ナンパしてくる男性とは違う場合もあるのではないでしょうか。今までの男友達だって、ちゃんと「人として」仲良くしていたのであれば、トピ主さんの内面に好意を持っていたケースもあったのではないかと推測します。

内面も含めて、トピ主さんに好意を持っていた男性がいたとすれば、その相手に関しては、「心なんかどうでもいいんだろ」というのは「トピ主さんの思い込み」ということになりますよね。世の中には、女性の内面など見ないで好意を示してくる男性もいるでしょうが、決して全員がそうというわけではない。それをしっかり理解していけるようになるといいですね。

「男性不信」はなぜ起こる? 改善方法は?


トピ主さんは最初の投稿のあと、男性に対して「むしろ憎しみのほうが強い」と再度投稿しています。今はそうでもないけれど、昔は父親に対して恐怖心があったし、変質者やストーカーにも嫌な思いをさせられてきたとのこと。「過ぎた事を憎んでも何にもならないですよね」と述べてはいるものの、過去の事がかなり心に引っかかっている様子がうかがえました。「こういうのを男性不信というのか?」ともありますが、少しそのような傾向になっているのかもしれませんね。

この問題を考えるにあたり、ぜひ以下3つの点について自問自答してみてほしいなと思います。
(1)心の奥に、男性に「きちんと誠実に愛してほしい」という願望がないか?
(2)「自分の人生そのもの」に不満はないか?
(3)「被害者意識」は、自分自身を幸せにするのだろうか?

まず前提として、人間の心には安全装置として「心を守る機能(=防衛機制)」がついています。つらいことがあったときに心が壊れてしまわないよう、少し偏った考え方をすることで、心を落ち着かせることがあるのですね。

これを踏まえた上で考えられる1点目は、幼少期のお父さんとの関係が影響している可能性です。トピ主さんはお父さんに本当は目一杯愛されたかったけれど、それがかなわなかった。無意識下に抑圧していた「父親に愛されたい」という強い願望が、八つ当たりに近い形で、“男性そのものへの恨み”として現れてきているのかもしれません。

人が異性に「強い憎しみ」を覚えるとき、実は「愛情を渇望する気持ち」の裏返しであるケースも多くあります。トピ主さんの心にも、本当は「ちゃんと愛して欲しいのに、自分が思っているような誠実な愛情をなぜくれないの!?」という強い“怒り”があるのかも。ぜひ自分の心をしっかり見つめてみましょう。まずは隠れている本当の感情に気づくことが、変化の第一歩目になってくると思います。

自分の人生の「不満」を、男性にぶつけている可能性も


2つ目は、「自分の人生そのものへの不満」が原因である可能性です。人は満足がいかない状況下にあると、それを“誰か”のせいにして、自分の正当性を確保しようとする心理傾向もあります。自分の事が嫌いだから、自分に好意を抱いてくる男性も嫌ってしまう、そんなケースもあります。厳しい意見で恐れ入りますが、もしかしたら、トピ主さんは「自分自身」や「自分の人生」に不満やフラストレーションがあり、それを自分に好意を寄せてくる男性たちにぶつけてしまっているのではないか−−そんな可能性です。

完璧ではなくとも、ある程度今充実した日々を過ごしていれば、興味のない男性に多少煩わされたとしても、過度に憎まず、気にしないでいられるかもしれません。もし思い当たる節があるならば、仕事でも趣味でもなんでも構いません、「自分の人生を充実させよう」と動いてみてはいかがでしょうか。自分の足で一歩踏み出していくことで、男性に対する感情や態度も少しずつ変わってくるかもしれません。

乗り越える努力も必要。「大丈夫」な経験を増やしていこう


3つ目は、被害者意識についてです。未遂とはいえ、ストーカーや変質者に遭ったことは、とても辛い経験でしたね。こちらに落ち度があるかどうかに関係なく、生きていれば、思いがけず辛い状況が訪れることもあるものです。

それでも、そのことをずっと引きずって生きていきていくかどうかは自分次第。「被害者意識」ばかりにとらわれすぎると、結局のところ自分自身がなかなか幸せを感じられない日々を送ることになりやすく、それはとても悔しいことではないでしょうか。「私に嫌な事をしてきた奴らのせいで、私が幸せを感じられないなんて悔しい!」――そんな風に気持ちを奮い立ててほしいなと思います。

“傷つき”から立ち直るためには、ぜひ周囲の協力をたくさん借りてください。その上で、「自分で傷を癒す努力をすること」「立ち直る強さを身につけること」もある程度は必要になってきます。社会や他人を恨み続ける人は、「私はもっと大切に扱われるべきなのに」という不満の心理が強い傾向もあります。トピ主さんも、本心では男性に対して強い“期待”があるのかもしれません。

まずは普通に過ごしていて、小さな親切をくれる男性がいたら、「ありがとう」と素直に受け取り、それでいったん「思考をストップさせる」ようにしてみてください。「あれは、下心からなのだろうか?」など、あれこれ考えを膨らませすぎないこと。「男性に過度に失望もしなければ、期待もしすぎない」――ゆっくりでいいので、その心のバランスを身につけていきましょう。

そしていつか、「男性の好意は下心ばかりではない」「男性だって、人を深く愛する」ということを感じられるようになるといいですね。他ならぬ自分自身のために、ぜひ一歩ずつ“心の改革”に取り組んでみてほしいなと思います。応援しています。
(外山ゆひら)

この記事を書いたライター

外山ゆひら
対人関係、心や生き方に関する記事執筆が中心のフリーランスライター。読売新聞が運営する「発言小町」の相談コラムや、「恋活小町」を担当する。文芸、カルチャー、エンターテイメント方面を日々ウォッチしている。

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