コーデより重要!男性は「あざといモテ服」は好きで「あざとい女性」は嫌いという事実

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例えば長めの袖のもの、肩や胸元が露出されている服、フリルがついたかわいらしい服。本人がどういう理由でその服を選んでいようと、男女ともにそれを見て「あざとさ」を感じる人がいるのは事実です。それは一定数の女性が「こういう服を選んだ方が男性ウケがいい」とわかって選んでいる、ということを知っているからでしょう。では、「こういう服を選んだ方が男性ウケがいい」とわかって服を選ぶことは果たして悪いことなのでしょうか?



男性はあざといファッションが好き、あざとい女性は嫌い

一般的に男性は上記のような服装をしている女性が好きです。そして同時に、女性が「こういう服を選んだ方が男性ウケがいい」とわかって選んでいるのも知っています。でもそれをあざとく感じる人とそうでない人がいるのです。つまり同じジェラートピケのパジャマを着ても、愛くるしいなと感じる人と、あざといなと感じる人がいるということです。言い換えれば、男性は「あざといファッション」が嫌いなのではなく、「あざとい女性」が嫌いなのです。では、いわゆるモテ服を着てあざとくなる人と、そうでない人は何が違うのでしょうか?



「あざとい」と「愛らしい」の違い

男性がモテ服をみて「あざとい」と感じるかどうか、それは着ている女性側の「動機」によって変わります。「男ってこういう服が好きなんでしょ?」と思いながら服を選ぶのは構わないのですが、その先の動機が「自分がモテたいから着る」のと「相手を喜ばせたいから着る」のでは全く違ったものになります。つまり、モテ服を着る目的が自分のためなのか、それとも相手のためなのかによって、「あざとい」と思われるか、「愛らしい」と思われるかが変わる、ということです。動機なんて口にしなければわからなくない?と思うかもしれませんが、「自分がモテたいから」という動機を持っていれば、それは服装以外の言動にも滲み出てしまうもの。男性はその「あざとい言動」から、その「あざとい精神性」を感じ、「服装もあざとく選んでいる」ように見えてしまう、ということなのです。逆に「(特定の)相手に喜んでもらいたい」という動機であれば、その他の言動も「相手に喜んでもらうためのもの」になり、その意識は相手に必ず届きます。



ファッションは相手へのおもてなしだと思え

僕は仕事の先輩から「ファッションは相手へのおもてなしだぞ」と言われて以来、そのことを意識しています。これはビジネスの場面だけでなく、プライベートの場面でも適応できる考え方だと思います。そのおもてなしの精神をもとに「相手に喜んでほしい」と考えて服を選んのだと思うと、男性側も普通に嬉しくなります。逆に「自分がモテたいから」という理由で選んだ服装は、決しておもてなしとは言えません。男性は「あざとい女」は嫌いだけど、「あざといモテ服」は好きなのです。モテが目的化するのは本末転倒ですが、相手を喜ばせるための手段としてモテ服を使うは全然ありなのです。(川口美樹/ライター)(ハウコレ編集部)(ゆずゆず/モデル)

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