【男の本音】男性が求める「女性らしさ」とは?彼氏に尽くしすぎてしまう人必見♡

男性が思う「女性らしさ」を形容詞で表すなら、まるい・やわらかいとなります。もっと大人っぽい言葉(?)で表わすなら、献身性となります。献身、彼氏に尽くすなどといった意味も含まれてきますね。

彼氏に尽くしすぎるのはよくないとか、尽くさない方が交際が長続きするとか、いろんなことが言われていますが、今回はいい悪いではなく、そもそも「献身」って何?というところからお話をはじめたいと思います。


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男性がいう「献身的な女性」とはどんな女性?


キルケゴールという哲学者は、女性の特徴を献身だといいます。ウィキペディアを見てもわかる通り、彼はわりとイケメンでモテたので、おそらくは彼自身の経験からそう言っているのだろうと思います。イケメンは女性が尽くしてくれますからねえ。いいですねえ……。

ところで、男性がいう「献身的な女性」とは、具体的にどのような女性なのでしょうか。例えば、交際3ヵ月にしてすでに半同棲してくれる彼女のことを、彼は献身的な女性と見なします。

半同棲状態になったら、彼女は彼のために夜ごはんを作りますね。部屋の掃除もしますね。一緒にお風呂に入り、身の回りのこともお世話したりしますよね?それが彼がいう「献身的な女性」なのです。半同棲状態じゃなくても同じです。「彼が望むことをやってあげる彼女=献身的な女性」というように男性は感じるのです。

ところで、極端な例ですが、リベンジポルノってありますよね?振られた男が逆ギレして、交際していた彼女の裸の写真なんかをネットとかにばらまくやつ。あれ、交際中に男が隠し撮りをしたケースももちろんあると思うんですが、なかには「いいよ、いいよ、あなたが撮りたいのなら撮っていいわよ」と言った女性もいるはずなんです。つまり、女性は献身的なあまり、文字通り、彼に「なんでも」許してしまう、その女性のふるまいを、男は「献身的」と呼ぶのです。

「死ねる」と思うほど誰かのことを愛したとき


「この人のためになら死んでもいい」と思えるほど彼を愛したとき、これが男から見た献身の実態ですが、より精神的には(よりマジメな話として)、キルケゴールは以下のように言っています。

ーー献身するとき、女性は自己自身を失っているが、そうすることによってのみ女性は幸福であり、そうすることによってのみ女性は自己自身である

女性は男性に尽くしているとき「だけ」が幸福なときであり、そのとき「だけ」「本当の自分」でいられる、と言っているのですが、女性のみなさん、どうですか?

男女平等ということがことさら言われているご時世なので、「そんなことはない」と怒り出す女性もいるのではないでしょうか。でも、献身する時つまり、大好きな彼氏が望むことを「なんだって」やってあげているとき、あなたはあなたを失っている、という言い方は、間違っていないと思いませんか?

男でいえば(ちょっとたとえが極端ですが)、自分が惚れこんだ大好きなキャバ嬢に借金してまで会いに行く男がいますが、どことなくそれと似たような「精神状態」、それが「自分を失っている」状態、ですよね?

そして、そうすることでのみ幸せを感じる、というのも「まあ、当たっている」と思わないですか?彼のことが「ちょっと好き」とか「自分のことを優先して、恋愛は2番目」とか、そういう女性の話をしているのではないですよ。彼のことが大好きで、その彼になんでもやってあげたい――こういった女性の精神状態の話をしています。

ごく簡単にいえば、「この人のためになら死んでもいい」と思えるほど誰かのことを愛したとき、女性は献身的になり、かつ従順になると、キルケゴールという哲学者は言っているのです。

その献身性の正体とは?


では、その献身性の正体とは一体なんなのでしょうか?彼氏のことが大好きで、付き合ってすぐ半同棲状態になって、彼のために睡眠時間を削ってでも尽くして、結果、半年で別れた、という経験をしたことのある女性は特に、「わたしが彼に尽くしたのって、あれは一体なんだったのだろう」と、遠い目で疑問に思ったことがあるでしょう。

献身性の正体、それをキルケゴールは絶望だと言います。絶望とは、自分の人生に希望を見出せていない心の状態のことです。自分に絶望しているから、彼氏に献身的になりすぎるのだと彼は言います。

なにも絶望しているのが悪いということではないのですよ。ほとんど全員の女性は、彼氏に献身的かつ従順になる、というのが、キルケゴールという哲学者の洞察です。つまり、「女性一般は」自分の人生に絶望するあまり、場合によっては好きな人に尽くしすぎてしまい、尽くすことに生きがいを感じるのだ、とキルケゴールは言っているのです。なぜなら自分に絶望しているから、と――。

恋愛していないと落ち着かない気持ち


この場合の絶望とは、たとえば「恋愛していないと落ち着かない気持ち」とか「彼氏がいてもなんとなく淋しい気持ち」とか、「ストレスでつい、洋服やメイク道具をたくさん買ってしまう」とかと言い換えることができます。

それらの気持ちは、ようするに「どう生きるといいのか、いまいちよくわからないモヤっとした気持ち」のことです。
なぜなら、おそらく多くの女性が理想としている「自立している女性」は、そういう気持ちをほとんど抱かないからです。恋愛?ご縁があればしたいけど、なければ別にしなくてもいい。自立している女性は、たとえばこう言いますね。

なんとなく淋しい気持ち?高校生くらいに抱いた記憶があるけど、大人になってからはないなあ……親が亡くなって哀しいとか、愛犬が亡くなって淋しいとか、原因のある淋しさはあるけど、「なんとなく」淋しいって、それなに?自立している女性はこうも言いますね。ということで、再び、先に引用したキルケゴールの文章を。

ーー献身するとき、女性は自己自身を失っているが、そうすることによってのみ女性は幸福であり、そうすることによってのみ女性は自己自身である

なんかわかりますよね?要するに、ほぼ全員の女性は自分に絶望しているから(どう生きるといいのか、いまいちよくわかっていないから)、男性に献身的になっちゃうし、それは何も悪いことではない。むしろ「ふつうに」生きている女性の特徴だ――と。男女差別的な話ではないと理解できましたか?

ちょうどいい献身・尽くしすぎる献身


最後に、現実的なことをお話しましょう。どの程度まで彼に献身すると、彼が甘えてくることなく、交際が長続きするのか、ということについてお話します。

その「程度」は、あなたが自立した大人の女性になれば、おのずと「見えてくる」というのが答えです。なぜなら、献身のベースには、自分がどう生きていくといいのかわからないわからなさがあるからです。

つまり、彼に対する献身の度合いや従順さの度合いがわからない女性というのは、まずは「わたしはこう生きる」という芯を持つことです。それを持つと、どの程度の献身がちょうどいいのか、おのずと見えてくるということです。

20歳ですでに「こう生きたい」「わたしはこの仕事を通して社会に貢献したい」といった気持ちを持っている女性もいますね(立派!)。でもそういう女性は少数派で、多くの女性は生き惑っていますね。恋愛って、恋愛単体で存在する行為ではなく、生き様が支えている行為だから、まずは生き惑う気持ちをどうにかすれば、「献身」や「従順さ」に対する答えがすっと出てきます。

女性の特徴は献身、では男性の特徴とは?


ちなみに、献身や従順さが「女性らしさ」と言っているキルケゴールは、男の特徴をなんといているのか、ご存知ですか?彼は男の特徴を「反抗」と言っています。ここでいう反抗とは、自分らしく生きたいと願っても、自分らしく生きることができない、そのできなさに怒り狂う(たとえば毎晩飲みに行く、ギャンブルにハマる、彼女に暴言を吐くなどなど)――これが、キルケゴールのいう「男の特徴」です。

女性は平和で立派で、ホント素晴らしいです。好きな人に尽くすことで「自分」を探し、保とうとするから。男みたいに酔っぱらって元カノに電話することもなければ、ケンカ腰になることもないから。

※参考 『死に至る病』キルケゴール・S(鈴木祐丞訳)講談社(2017)

(ひとみしょう/作家・コラムニスト)

この記事を書いたライター

ひとみしょう
作詞家・広告プランナー・コピーライターを経て、専業文筆家に。小学館 『Menjoy!』編集部よりMVP賞を4回受賞。現在、連載を9本を抱える

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