リアコっておかしいの?アイドルやアニメキャラに本気で恋する女子の気持ちを徹底解説♡
アイドルやアニメキャラに本気で恋することを、リアコと言います。「リア」ルに「こ」いしているというところから生まれた略語です。同じような意味合いとしてはガチ恋と言うことがあります。
リアコ女子は昔からいますが、ここ最近さらに増えているのだとか。確かに、スマホなどで簡単に動画が見れたりする時代なので気持ちはよくわかります。
今回は、そのリアコについて一緒に見ていきたいと思います。
リアコ女子が何をしているのかといえば、現実の世界にいない架空の人に憧れまくっています。
アイドルは架空の世界にいるのではなく現実世界にいる人達だと思う人もいると思いますが、「ねぇねぇ!アイドルのあの人、かっこいいから紹介してよ」とはならないですよね?
芸能界は昔に比べてものすごく遠い別世界ではなくなったものの、それでも私達一般人からすれば別世界の人です。その意味で、あなたの現実にはいない人たち=アイドルということが言えるでしょう。
では、架空の世界の住人に憧れる人たちとは、どのような人たちのことなのでしょうか。
今自分がいる世界に馴染めない人?現実逃避している人?世間の人たちはそんなことを言いますが、僕は本当にそうなのかな?と思います。
例えば、僕は市役所で真面目に仕事をしているリアコ女子を知っています。彼女は現実逃避している部分としていない部分との両方を持っているように見えます。
普段は市役所の窓口で親切に住民票を発行していますが、自分の好きなアイドルと「結婚したい」と本気で言っています。
建築関係の仕事をしているリアコ女子も知っています。「毎週末、九州まで夜行バスで行くの。推しに会うために!」と言う以外は、全く普通の女の子です。
ここでは、架空の世界の住人に憧れる人たちとは、自分自身から逃れようとしている人たちだ、としたいと思います。
自分自身から逃れたいと思う気持ち。これは、生きている人全員が抱えている気持ちです。
例えば、お給料が安いことを苦痛を感じている人は、自由に使えるお金をたくさん持っている人を見て「いいなあ、あんな風になりたいなあ」と思いますね。
彼女はお金持ちの自分という今の自分ではない自分になりたいと思っています。つまり、今の自分という自分自身から逃れて、別の自分になりたいと思っています。
あるいは、型にはまっていないように見えるアニメのキャラクターやアイドルに強く憧れて、追っかけみたいになっている人。
このような人は他人の顔色を伺いつつ、いい子として生きる今の自分ではない別の自分になりたいと思っています。つまり、自分自身から逃れたいと思っています。
今の自分に満足していて、別の自分になりたいとはあまり思っていないように見える人も、実は少し自分自身から逃れたいと思っています。
自由に使えるお金もある程度あって、仕事も充実していて彼氏との関係も満たされているという人であっても、自分自身から逃れたいと思っているのです。
具体的に言えば、アイドルの誰かを推している女子というのは、その推し本人になりたいと思っているということなのです。
私は女のままがよくて、別に推しと同じ男子になりたいわけではない!と思う人もいると思います。でもそれ、実は間違っています。
あなたの中にいるもう1人の自分を、あなたは見ているのです。つまり、あなたの中にいるもう1人の自分こそが、アイドルの推しそのものなのです。
というのも、プラトンの『饗宴(きょうえん)』によると、あなたは前世や前々世に実は男子だったかもしれないのです。その男子だった自分は、かなり前のことで今は失くしています。
いつかはわからないけど、遠い昔に失くしてしまったもう1人の自分になりたいと思う気持ちが強ければ強いほど、人は強烈なリアコ女子になるのです。推しに自分の人生を賭けるようになるのです。
世間ではリアコのことをおかしいのではないかと言う人がいますね。
「アイドルの〇〇くんと結婚する。誰にも渡したくない。」「アイドルの〇〇くんは私だけのもの。他の人が好きと言うことすら許せない」とか。そういう人って、本当におかしいのでしょうか?
このように同じ考えを持っていても、全然おかしいと言われない人もいますね。そういう人ももちろん、先に書いたように自分自身から逃れたいと思っています。
しかし、その気持ちと現実において世間に馴染んでいるかのように生きていく気持ちとのバランスが保たれているので、周囲の人はこのリアコ女子はおかしいなどとは言わないのです。
自分の中のちょっとしたおかしさが外に漏れ出ないから、「好きだねぇ」と言われて終わりです。
反対に、バランス感覚が悪い人は生きている全てが推しと共にだから、周囲の人に少し奇異な目で見られます。
要するに、持って生まれたバランスの良さがあるかないか、だけのことなのです。バランス感覚に優れている人は、バランス感覚良く推しを愛していることを当然だと思っています。
人は、自分が生きている前提=自分にとって当然と思うことを、言語化できません。
その結果、バランス感覚の悪い人、つまり周囲からおかしいと言われているリアコ女子が、つらい思いをすることになります。彼女だって、どうにか努力して普通に生きたいと思っているのです。
心のどこかで何もなりふりかまわず推しを推しまくることが100%良いとは思っておらず、できれば仕事も恋愛も充実していて、その上で推しを愛すというバランスの良さが欲しいと思っているのです。
リアコ女子とは、自分自身から逃れたいと思っている人のことです。
言い方を換えるなら、別の自分になりたいと思っている人。あるいは、もう1人の自分をこよなく愛する人。別の自分になりたいという気持ちと現実とが、なかなか折り合いをつけてくれずに生きづらさを感じている人。
そういう人は大勢います。常に心のどこかが別の自分に恋い焦がれているのです。
そのような生き様を、キルケゴールという哲学者は、端的に絶望と評しました。彼は「誰だって自分に絶望しているのだ」と説きます。
誰だって自分の推しを持たないと生きづらいよね、生まれつきバランス感覚が良かろうと悪かろうと推しを推すことでどうにか正気を保って生きられるよね、と言います。
リアコとは、弱さをよく知っている心優しい人だ、と彼は言います。僕もそう思います。
※参考
キルケゴール・S『死に至る病』講談社(2017)
ひとみしょう『自分を愛する方法』玄文社(2020)
プラトン『饗宴』光文社(2013)
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(ひとみしょう/作家・キルケゴール協会会員)
リアコ女子は昔からいますが、ここ最近さらに増えているのだとか。確かに、スマホなどで簡単に動画が見れたりする時代なので気持ちはよくわかります。
今回は、そのリアコについて一緒に見ていきたいと思います。
架空の世界に憧れる人たち
リアコ女子が何をしているのかといえば、現実の世界にいない架空の人に憧れまくっています。
アイドルは架空の世界にいるのではなく現実世界にいる人達だと思う人もいると思いますが、「ねぇねぇ!アイドルのあの人、かっこいいから紹介してよ」とはならないですよね?
芸能界は昔に比べてものすごく遠い別世界ではなくなったものの、それでも私達一般人からすれば別世界の人です。その意味で、あなたの現実にはいない人たち=アイドルということが言えるでしょう。
では、架空の世界の住人に憧れる人たちとは、どのような人たちのことなのでしょうか。
今自分がいる世界に馴染めない人?現実逃避している人?世間の人たちはそんなことを言いますが、僕は本当にそうなのかな?と思います。
例えば、僕は市役所で真面目に仕事をしているリアコ女子を知っています。彼女は現実逃避している部分としていない部分との両方を持っているように見えます。
普段は市役所の窓口で親切に住民票を発行していますが、自分の好きなアイドルと「結婚したい」と本気で言っています。
建築関係の仕事をしているリアコ女子も知っています。「毎週末、九州まで夜行バスで行くの。推しに会うために!」と言う以外は、全く普通の女の子です。
ここでは、架空の世界の住人に憧れる人たちとは、自分自身から逃れようとしている人たちだ、としたいと思います。
自分を生きるしかない苦痛
自分自身から逃れたいと思う気持ち。これは、生きている人全員が抱えている気持ちです。
例えば、お給料が安いことを苦痛を感じている人は、自由に使えるお金をたくさん持っている人を見て「いいなあ、あんな風になりたいなあ」と思いますね。
彼女はお金持ちの自分という今の自分ではない自分になりたいと思っています。つまり、今の自分という自分自身から逃れて、別の自分になりたいと思っています。
あるいは、型にはまっていないように見えるアニメのキャラクターやアイドルに強く憧れて、追っかけみたいになっている人。
このような人は他人の顔色を伺いつつ、いい子として生きる今の自分ではない別の自分になりたいと思っています。つまり、自分自身から逃れたいと思っています。
今の自分に満足していて、別の自分になりたいとはあまり思っていないように見える人も、実は少し自分自身から逃れたいと思っています。
自由に使えるお金もある程度あって、仕事も充実していて彼氏との関係も満たされているという人であっても、自分自身から逃れたいと思っているのです。
具体的に言えば、アイドルの誰かを推している女子というのは、その推し本人になりたいと思っているということなのです。
男子になりたいわけではない?
私は女のままがよくて、別に推しと同じ男子になりたいわけではない!と思う人もいると思います。でもそれ、実は間違っています。
あなたの中にいるもう1人の自分を、あなたは見ているのです。つまり、あなたの中にいるもう1人の自分こそが、アイドルの推しそのものなのです。
というのも、プラトンの『饗宴(きょうえん)』によると、あなたは前世や前々世に実は男子だったかもしれないのです。その男子だった自分は、かなり前のことで今は失くしています。
いつかはわからないけど、遠い昔に失くしてしまったもう1人の自分になりたいと思う気持ちが強ければ強いほど、人は強烈なリアコ女子になるのです。推しに自分の人生を賭けるようになるのです。
リアコっておかしいの?
世間ではリアコのことをおかしいのではないかと言う人がいますね。
「アイドルの〇〇くんと結婚する。誰にも渡したくない。」「アイドルの〇〇くんは私だけのもの。他の人が好きと言うことすら許せない」とか。そういう人って、本当におかしいのでしょうか?
このように同じ考えを持っていても、全然おかしいと言われない人もいますね。そういう人ももちろん、先に書いたように自分自身から逃れたいと思っています。
しかし、その気持ちと現実において世間に馴染んでいるかのように生きていく気持ちとのバランスが保たれているので、周囲の人はこのリアコ女子はおかしいなどとは言わないのです。
自分の中のちょっとしたおかしさが外に漏れ出ないから、「好きだねぇ」と言われて終わりです。
反対に、バランス感覚が悪い人は生きている全てが推しと共にだから、周囲の人に少し奇異な目で見られます。
要するに、持って生まれたバランスの良さがあるかないか、だけのことなのです。バランス感覚に優れている人は、バランス感覚良く推しを愛していることを当然だと思っています。
人は、自分が生きている前提=自分にとって当然と思うことを、言語化できません。
その結果、バランス感覚の悪い人、つまり周囲からおかしいと言われているリアコ女子が、つらい思いをすることになります。彼女だって、どうにか努力して普通に生きたいと思っているのです。
心のどこかで何もなりふりかまわず推しを推しまくることが100%良いとは思っておらず、できれば仕事も恋愛も充実していて、その上で推しを愛すというバランスの良さが欲しいと思っているのです。
自分自身から逃れたいと思っている
リアコ女子とは、自分自身から逃れたいと思っている人のことです。
言い方を換えるなら、別の自分になりたいと思っている人。あるいは、もう1人の自分をこよなく愛する人。別の自分になりたいという気持ちと現実とが、なかなか折り合いをつけてくれずに生きづらさを感じている人。
そういう人は大勢います。常に心のどこかが別の自分に恋い焦がれているのです。
そのような生き様を、キルケゴールという哲学者は、端的に絶望と評しました。彼は「誰だって自分に絶望しているのだ」と説きます。
誰だって自分の推しを持たないと生きづらいよね、生まれつきバランス感覚が良かろうと悪かろうと推しを推すことでどうにか正気を保って生きられるよね、と言います。
リアコとは、弱さをよく知っている心優しい人だ、と彼は言います。僕もそう思います。
※参考
キルケゴール・S『死に至る病』講談社(2017)
ひとみしょう『自分を愛する方法』玄文社(2020)
プラトン『饗宴』光文社(2013)
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(ひとみしょう/作家・キルケゴール協会会員)
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この記事を書いたライター
ひとみしょう
作家/コラムニスト/作詞家。キルケゴール哲学をベースに、なんとなく淋しい人に向けた希望論&恋愛論『自分を愛する方法』を上梓。全国の書店等で発売中。『ひとみしょうのお悩み解決』『ひとみしょうの男って実は』(Grapps)など連載多数。日本自殺予防学会会員。キルケゴール協会会員。